帰りしなに、その最後の姿を確認すべく本屋に寄って、今パラパラと眺めながら書いているのですが・・・
”まーぱ”ことMAC POWERが、現在の「クリエイター向け」な編集方針になった当初の2〜3号の頃は面白がって本屋で覘いたりそのまま買い求めたりしてたけれど、じきに手に取ることも少なくなって(本屋では大概すぐ隣とかに置かれていることの多い)WebDesigningとかデザインの現場とかの脇の存在になっていった。
「最終号」を見てみよう。・・ひとつひとつの記事はそれなりには面白そうだ。・・特集との兼ね合いでユトレヒトやHacknetが紹介されている。テノリオンやエクスマキナの記事も読めるかと思えば涼音堂のライブレポや東松照明の写真の紹介、佐内正史や桑原茂一や常磐響や小西康陽の連載やエドツワキや細野晴臣のインタビューまで読める。そう、物量的にはかなりの充実ぶりなのに、全体としては「鈍重でページをなかなか読み進める気にならない雑誌」に成り下がってしまっているのだ。
それは何故か、との問いに対する答えは簡単で、「編集方針というものがもはや存在しないから」・・・単純にハイカルチャー雑誌としてもデザイン/クリエイター向け雑誌としても”読みたいと思わせる切り口”がもはや各号毎に存在せず、『評価の固まった』クリエイター達が繰り返し繰り返し登場するのみで”何か新しい発見があるのでは”というスリルが皆無。また、クリエイター向けtips的情報(かっては「まーぱのコトテン」で最も力があった部分だったのに!)とかハード/ソフトに対する濃密な解析も無く、例の「審美的Appleのハードウェアに込められたフィロソフィー礼参の文章」だけがプロダクツレビューの文章の中には残っていた。
・・この雑誌は「クリエイター向けにリニューアル」された時点で、この雑誌は「クリエイティブ業界スノビッシュ」な立ち位置に立って『安定銘柄』なクリエイターの紹介と、彼等のツールとして常に傍らにあるmacと各種ツール群をマーケティング的見地からセレクションして紹介し続けるだけの媒体になってしまっていた。
そうした姿勢では、もちろん「クリエイティブの現在進行形」を積極的に取り上げていくようなスピード感は勿論無いし、ましてやAppleが(というかスティーブ・ジョブスが、というかあらゆる「2.0」的世界に希望を持ってなにかを目指している人々の動き)現在進行形で目指していたことすら、掴めなくなってきていたのだ。
言い切ってしまえば、MAC POWERは「業界内でそれなりの地位と名声を得た50代スノッブ層」がまったり読むのには向いていたのかも知れないが、現在20代半ばで「これからあるべき世界」を日夜夢想している層からしたら退屈極まりない嫌みなエスタブリッシュ感のみ与える雑誌だったのかも知れない。(そこに中心にあるべきmacに対する印象とともに)
創刊以来の深い関わり合いである川崎和男氏のみが連載陣の中で休刊を伝えられていたようで、p110-111だけは必読、だと思う。特に「佐藤可士和氏の休刊の決着的デザインを期待してやまない」という川崎氏の問いに対しての、今号の表紙の「つまらなさっぷり」なビジュアルはかなり最高で、「作られたスノビッシュな生活の豊かさ」に対しての批評になり得ていると思う。(それすらもいとおしい”到達地点”ではあるし、そのことも川崎氏は”認めざるを得ない”点でもある)
ところで「休刊」という語に”再創刊もあるのでは?!”などと期待してはいけません。「廃刊」にしないのは(大出版社でさえなかなか取得出来ない)「雑誌コード」を残す為であって、今後(内容的にほとんど関係のない)新雑誌が「MAC POWER増刊」という形で流通することはあっても、MAC POWER自体の雑誌としてのは復活はまずあり得ないです。残念ながら。
”まーぱ”ことMAC POWERが、現在の「クリエイター向け」な編集方針になった当初の2〜3号の頃は面白がって本屋で覘いたりそのまま買い求めたりしてたけれど、じきに手に取ることも少なくなって(本屋では大概すぐ隣とかに置かれていることの多い)WebDesigningとかデザインの現場とかの脇の存在になっていった。
「最終号」を見てみよう。・・ひとつひとつの記事はそれなりには面白そうだ。・・特集との兼ね合いでユトレヒトやHacknetが紹介されている。テノリオンやエクスマキナの記事も読めるかと思えば涼音堂のライブレポや東松照明の写真の紹介、佐内正史や桑原茂一や常磐響や小西康陽の連載やエドツワキや細野晴臣のインタビューまで読める。そう、物量的にはかなりの充実ぶりなのに、全体としては「鈍重でページをなかなか読み進める気にならない雑誌」に成り下がってしまっているのだ。
それは何故か、との問いに対する答えは簡単で、「編集方針というものがもはや存在しないから」・・・単純にハイカルチャー雑誌としてもデザイン/クリエイター向け雑誌としても”読みたいと思わせる切り口”がもはや各号毎に存在せず、『評価の固まった』クリエイター達が繰り返し繰り返し登場するのみで”何か新しい発見があるのでは”というスリルが皆無。また、クリエイター向けtips的情報(かっては「まーぱのコトテン」で最も力があった部分だったのに!)とかハード/ソフトに対する濃密な解析も無く、例の「審美的Appleのハードウェアに込められたフィロソフィー礼参の文章」だけがプロダクツレビューの文章の中には残っていた。
・・この雑誌は「クリエイター向けにリニューアル」された時点で、この雑誌は「クリエイティブ業界スノビッシュ」な立ち位置に立って『安定銘柄』なクリエイターの紹介と、彼等のツールとして常に傍らにあるmacと各種ツール群をマーケティング的見地からセレクションして紹介し続けるだけの媒体になってしまっていた。
そうした姿勢では、もちろん「クリエイティブの現在進行形」を積極的に取り上げていくようなスピード感は勿論無いし、ましてやAppleが(というかスティーブ・ジョブスが、というかあらゆる「2.0」的世界に希望を持ってなにかを目指している人々の動き)現在進行形で目指していたことすら、掴めなくなってきていたのだ。
言い切ってしまえば、MAC POWERは「業界内でそれなりの地位と名声を得た50代スノッブ層」がまったり読むのには向いていたのかも知れないが、現在20代半ばで「これからあるべき世界」を日夜夢想している層からしたら退屈極まりない嫌みなエスタブリッシュ感のみ与える雑誌だったのかも知れない。(そこに中心にあるべきmacに対する印象とともに)
創刊以来の深い関わり合いである川崎和男氏のみが連載陣の中で休刊を伝えられていたようで、p110-111だけは必読、だと思う。特に「佐藤可士和氏の休刊の決着的デザインを期待してやまない」という川崎氏の問いに対しての、今号の表紙の「つまらなさっぷり」なビジュアルはかなり最高で、「作られたスノビッシュな生活の豊かさ」に対しての批評になり得ていると思う。(それすらもいとおしい”到達地点”ではあるし、そのことも川崎氏は”認めざるを得ない”点でもある)
ところで「休刊」という語に”再創刊もあるのでは?!”などと期待してはいけません。「廃刊」にしないのは(大出版社でさえなかなか取得出来ない)「雑誌コード」を残す為であって、今後(内容的にほとんど関係のない)新雑誌が「MAC POWER増刊」という形で流通することはあっても、MAC POWER自体の雑誌としてのは復活はまずあり得ないです。残念ながら。
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