割と最近読んだ筈なのに誰だったかすっかり覚えていないのだけれど、ある人のエッセーに「1年のなかで、12月26日が最も安息な気持ちでいられる日だ」と書かれていたのがずっと印象に残っていて。
曰く
もちろん、組織に属して動いている人間であればまだまだドタバタと慌ただしく、「師はまだ激走中ですよー」てな状態であっても当たり前なのだが、そういう物理的な忙しさを超えた部分で「『ハレ』と『ハレ』の合間にポッカリと訪れた『ケ』のひととき」を最も感じることが出来る1日なのではないか。・・・・そのエッセーに共鳴出来たのはそう思える部分が自分にも多くあったからだろう。
最終的にはどこかに安息を求めながらもどうしても興奮の坩堝があったならそこに惹かれ吸い込まれてしまうような、ヨノナカの動きとシンクロしながら更に先へとドライブしていくことについ快感を感じてしまう人種が、自然に「ひと呼吸置く」ことが許される気がするような日が、今日なのかも知れない。
今日のような1日を、自分で意識して準備することがもっと出来れば「ものを作る人間」としてもっと豊かになれるかも知れないのかな、とか、そんなことを考えながら夜は更けていきます。明日との境目まで、もう後わずか。
ところで、バナー写真はflickrに新しく追加されたpicnikで遊んでみました。現像ソフトチックで少しだけ面白いですねコレ。
曰く
年内の仕事も大方カタが着いた。クリスマスの喧噪も一区切り着き、新年への準備もまだ本格的に始まらない「1年の中のエアポケットのような」この12/26という日が、毎年1年の中で一番落ち着く日なのであるとか、そんなような趣旨だったと思う。
もちろん、組織に属して動いている人間であればまだまだドタバタと慌ただしく、「師はまだ激走中ですよー」てな状態であっても当たり前なのだが、そういう物理的な忙しさを超えた部分で「『ハレ』と『ハレ』の合間にポッカリと訪れた『ケ』のひととき」を最も感じることが出来る1日なのではないか。・・・・そのエッセーに共鳴出来たのはそう思える部分が自分にも多くあったからだろう。
最終的にはどこかに安息を求めながらもどうしても興奮の坩堝があったならそこに惹かれ吸い込まれてしまうような、ヨノナカの動きとシンクロしながら更に先へとドライブしていくことについ快感を感じてしまう人種が、自然に「ひと呼吸置く」ことが許される気がするような日が、今日なのかも知れない。
今日のような1日を、自分で意識して準備することがもっと出来れば「ものを作る人間」としてもっと豊かになれるかも知れないのかな、とか、そんなことを考えながら夜は更けていきます。明日との境目まで、もう後わずか。
ところで、バナー写真はflickrに新しく追加されたpicnikで遊んでみました。現像ソフトチックで少しだけ面白いですねコレ。
コメント