今回の展覧会において「作品」とよばれるものは、氏自らの記憶障害を補完するためにあくまで個人的な営みの一環として生み出された装置にすぎません。自らの記憶を翌日まで留めるため、彼は元エンジニアとしての技術力を生かし多くの装置を開発してきました。(中略)また、彼自身の記憶が一日しかもたないことにより、それらの装置は彼のさまざまの努力にも関わらず作り出されるのとほぼ同時に?次の日には?忘れられてしまいます。いわば「無用の」機械であり、完成しないまま一日たてば放置される運命にあるそれらの装置は、日毎の記録とともに氏の実姉が保管にあたっています。氏の生み出す装置は、彼に固有の特殊な状況のもとで制作されたものでありながら奇妙なユーモアを湛えており、われわれ誰にとっても自然である「忘却」という現象を改めて思い起こさせる点において興味深いものです。
※5/5追記:最初のpostから約1週間。昨日やっと見てきました。
ヒルサイドテラスでの展示なので小規模なのだろうな、とは思っていたけど予想以上にこじんまりとしていて出展作品も少数。また、会場でドキュメンタリービデオが流されていたけれどそれもごく短くせいぜい5分位の長さのもの。
何か呆気ないなとも思ったけれど、今考え直してみるとその事が却って”事故後のワシュレー氏の世界”を端的に表出しているようにも見える。
「新しく記憶を持つこと」への欲求と、「以前の生活習慣」へのこだわりや「事故以前の時間に戻りたい欲求」とのコンプレッションから産み出される『記録装置』の可笑しみや哀しみが、「1日後には忘れ去られる」ことによってむしろ浄化されるのではないか、と思ったりもするのだけれど、それも何か「第三者の感傷的な視点」という気もしている。
記憶する事と記録する事、新しい体験を記憶する欲求と旧い記憶の中に留まっていたい願望とが奇妙なバランスで表現されているワシュレー氏の「装置」は、むしろ1日後には忘れ去られることによって完結する存在だと自分には思えた。
Scott de-Vacherie in Japan - a photoset on Flickr
5/13関連リンク追加:
アウトサイダー・アート - Wikipedia
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