大阪で、引っ越し時に越した先の家で飼えないから、と公園に捨ててきた犬が元飼われていた家に舞い戻り、捨てた主婦が書類送検されたというのがニュースで扱われていた。
これがひと昔前なら「犬が如何に飼い主を慕い続けるか」の美しいエピソードになるのだが、今の日本では「条例違反」「書類送検」等という不粋な要素が入ってきてしまうのが何か混じった小石を噛んでしまったような気まずさを感じる。 少なくとも犬を「捨てざるを得ない」状況に陥った飼い主の気持ちはとても辛く切ないものだったろう。(犬とは飼い主をそういう気持ちにさせる生き物だ) そしてその時の切実な感情は、犬に服を着せたりトリマーに頻繁に連れていって悦に入っている「自称愛犬家」達よりも余程切実で切ない気持ちが籠っていると思うのだが、どうだろうか?
(「自称愛犬家」達のそれは、「犬を愛し可愛がっている自分」に酔う為なのだろう。そしてそういう人達はそうした目的にうってつけの犬を飼うだろうし、犬の品種自体も「そういう目的用」で品種改良されてきて今に至っている。その事まで含めて考えれば、どちらが人間のエゴで動物を扱っているのか、答はよく分からなくなってしまう)
幼稚園から小学校2年までに飼っていた犬の事を思い出した。
真っ白なスピッツ。今では日本でほとんど見なくなったがその頃はごろごろいて、確かその犬も野良犬として我が家に辿りついたのを飼い始めたものだった。
その犬は洋犬らしい名前を、という事で父親から「ジョン」と名付けられた。随分単純な名前だが今考えてみるとその頃父親がジョンデンバーを好んで聴いていたのでそこから付いた名前ではないかと思う。
スピッツは猟犬なので元々かなり好戦的な種なのだが、ジョンはスピッツ種の中でもかなり戦闘力が高い部類だったのではないかと思う。
散歩などしている最中に自分より大きい犬に出会うとかならず喧嘩をしかけた。そして仕掛けた喧嘩で負けた事は無かった。最低でも引き分けに持っていった。ただ勝ち戦でも徹底的に相手を傷つけるような事はなかった。実際肉弾戦に入る前の対峙に於いての精神的バトル、その局面でまず絶対負けない、というポリシーがこの犬にはあったようだ。
父親はそうしたメンタリティーの部分で大そうこの犬がお気に入りだったようだ。
子供だった自分としても、そうした犬を散歩に連れていったりするのはすごく難儀な事だったけれど、でもそれだけ気性の荒い犬が自分にはなついて尻尾を振って寄ってきたりしてくれると、たまらなく嬉しい。
私とその家族はずっと神奈川在住なのだけれど、自分が小学校入学時から1年半程父の仕事の都合で山口県に居住していた事があった。
当然ジョンも連れていく事になる。
最初の、神奈川-山口間の移動は問題なく完了し、最初は突然全く違う空間に連れてこられて戸惑っていたが「飼い主がここにいる」という安心感から次第に慣れ、やがてはすっかり調子を取り戻し前出のバトルに精を出すようになった。
山口の「仮の宿」は日当たりが悪くしかも狭かったが、その分散歩に多めに連れていってやろうという事で家族間での合意があった。 思えば、私の父が気付いた家庭はその頃が幸福のピークだったのかも知れない。そしてその幸せを写す鏡として、眩し過ぎる程の純白の毛並みを持ったあの犬は存在していたのかも知れない・・・そんな事を今ふと考えた。
山口から神奈川に戻るその日がやってきた。 神奈川→山口の移動の際にジョンが相当暴れていたという話を聞いていた父は、ちゃんと連れ帰る為にわざわざ鉄格子のゲージを用意して、その中に犬小屋を入れての移動計画を立てた。万全な筈だった。(少なくとも中型犬には破れないような檻を用意したという事だった。)
ところが、である。
トラック出発時から荷台の中がひどく揺れ、犬が暴れているのがよく分かった。それは広島通過中まで続いたが、ある時点で静かになった。動きがなくなった。 諦めたのだな、とその時は思ったが、岡山のインターチェンジに入って荷台を確認したら檻は壊れ犬はとっくの昔に逃げ出した後だった・・・・・・・・担当トラック運転手から聞いた話だ。
どうやら、檻ごとトラックの荷台の内壁に体当たりを続け、鍵を壊して逃げ去ったようだ。
神奈川への移転完了後、父は3回も中国地方に出向き、車で(ジョンが逃げたと思われる)広島-山口間の国道を往復したが見つからなかった。
山口在住時の近所だった人とも、3か月位の間連絡を取り合ったが、結局ジョンが私達家族の元に戻ってくる事はなかった。 ・・・ただ一度「山口の元自宅を遠巻きにしながら吠えるよく似た犬を遠めで見かけた」という情報が最後の消息を残して。
自分にもそんな時期があったのだな、と今にして思う。 今はどちらかと言うと猫の方が好きだが、もし犬を飼うのだったらあの頃の「ジョン」のような犬と再び出会いたい。きっとこの犬は「ジョン」の生まれかわりか子孫かどちらかだ、と思えるような犬を。
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